ニーベルンゲンの歌にこんなに深い意味があったとは知りませんでした。
一度いってみたいなぁ。
ブルグント族の英雄叙事詩「ニーベルンゲンの歌」において、ヴォルムスはその舞台となっている。同作品は13世紀前後に成立したとされ、ミンネジンガー(吟遊詩人)などにより語り継がれていった。リヒャルト・ヴァグナーの歌劇の題材としても用いられた。
ユダヤ人
ユダヤ教徒とも関連が深い街であり、12世紀半ばにシナゴーグが建てられた。ドイツ最初のユダヤ人墓地もヴォルムスのものとされる。12世紀から13世紀にかけて、ヴォルムス出身のタルムード学者・エレアザールが活躍した。
紀元前よりローマ帝国の駐屯地がおかれていた。ゲルマン人の進出にともない、5世紀前半にはブルグント王国の都がおかれた。ブルグント王国がフランク王国によって滅ぼされたあとは、同王国の支配下に入った。カール大帝は王宮の一つをヴォルムスに設置し、とりわけ冬場には同市に滞在した。9世紀末にはノルマン人の襲撃を受けて荒廃したが、まもなく復興した。早くより市民が力を持ち、11世紀後半には一時司教を追放している。1122年には、この地でヴォルムス協約が結ばれ、神聖ローマ皇帝とローマ教皇の叙任権をめぐる争い(叙任権闘争)に一応の妥協が成立した。神聖ローマ帝国時代には、何度か重要な帝国議会が開催されている。特に、1495年の議会ではマクシミリアン1世によって永久ラント平和令が示され、1521年には、宗教改革の推進者であるマルティン・ルターが帝国追放刑となっている。17世紀の三十年戦争、プファルツ継承戦争で街は荒廃し、その後もナポレオン戦争などに巻き込まれ衰退していった。ウィーン体制下では、ヘッセン=ダルムシュタット大公国の支配下におかれた。産業革命が進展する中で、荒廃したヴォルムスは徐々にその勢力を回復した。第二次世界大戦では激しい攻撃を受け、街の大部分が破壊された。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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